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2006/02/05

単騎、千里を走る 博士の愛した数式(20060204)

3本観ようと思ったが、時間的に無理だったので2本。
どちらも、めだった感想はなかった。最近は、条件反射的に「涙」が出るようになっているので、正直、それほど感動していなくても「涙」が出てしまう。

どちらも良いお話ではある。

「単騎、千里を走る」
主人公とその息子の確執が、大前提なのだけれど、弱い。伝わってこない。だから、どうにも「必然」を感じない。中国の人たちは、みんながみんな、「あんなに親切」なわけがない。どうも、おかしい。
風景の映像も、どこか漠然としていて、特に何か感じることはできなかった。

「博士の愛した数式」
お話は、きっと小説で読んだら感動すると思った。「お話」が良い。「映画」が良い…とは、ちょっと思えなかった。
それでも、音楽を最小限にしていたことは、良かっただろう。自転車で走るシーンは、あんなになくても良さそうに思う。いくら「家政婦」でも、「家政婦さーん! 電話ですよ」とは、言わない。多分。
算数も数学も、嫌いじゃないけど苦手な自分は、そっちの意味では、とても勉強になりました。

どちらの映画も「独白」が、多くて、少々気になった。「単騎…」では、「独白」で説明しすぎのように思う。
高倉健は、「無口」がいいと思う。
思わせぶりなシーン(葬式のシーン等)が、ある一方で、わざわざビデオにして「状況説明」「心情説明」的なことをしている。どうしてだろう? わからない。

いわゆる「説明」が多いと疲れてしまう。映画を観ているのか、映像付きで朗読を聞いているのか、わからなくなってしまう。

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

■いわい さんへ
コメントをありがとうございます。
なるほど。「高倉健に語らせたい」という監督の気持ち、解らなくもないです。(笑)
あとは、好みの問題になってしまうでしょうか。

横柄な日本人にも、超親切な中国人。
「どーだい!」って感じで、もう少し、主人公が中国へも歩み寄る態度を明確にしてもいいんじゃないか…って。(汗)

『博士…』も、よくできていましたよ。原作は、未読ですが、良いお話ですね。寺尾さんも浅丘さんも、とても魅力的でした。
できすぎ少年とよくできた母(家政婦)さん、あんまり理想的すぎて、自分には、ショック度高かったかも(爆)。

投稿: あかん隊 | 2006/02/17 00:42

こんにちは♪
『単騎、千里を走る』観てきました。
わたしも、高倉健のナレーションによる説明が多すぎ、と思ってみてました。
これに関しては、一緒に観た人と完全に意見が割れ、「あのナレーションがあるから、いいんだよ。監督は、高倉健に語らせたかったんだよ、きっと。」と、肯定的に言われ、やはり感じ方はいろいろだと思いました。
その意図があるかどうかは別にして、”中国は良い国だ”と思わせることに成功していますよね。
『博士の愛した数式』は、映画を観るつもりがないので原作をさっさと読んでしまいました。キャスティングは、とてもハマっていると思いましたけど、観るかどうかは微妙です。

投稿: いわい | 2006/02/16 09:41

■えいさんへ
そうなんですか。
中国では多いですね。都会の学校へ子女を送り出すためには、信じられないほどの苦労が必要…。
『北京ヴァイオリン』でも、父親の苦労は、並大抵ではありませんでしたし、『故郷の香り』でも、都会に出るチャンスに恵まれた青年と田舎に残された少女の哀れが、あまりにも残酷でした。
中国では、田舎で農業を営むような人たちが、都会に出てくることを制限していると聞いています。たいへんなことだと思います。
常時「子どもを都会の学校へやるための苦労」を思い、「都会へ行った子ども」を思い出して涙する。その気持ちは、とてもよくわかりますが、そうした背景がほとんど伝わらないまま、役人に「できるか?」といわれて「できます」と答えた後に、あんなに泣いていて「できない」なんて、ちょっと変な感じでした。
でも、まあ、中国の素朴な方は、いつでも、どんなときでも、一番気になることを思い浮かべて「泣いてしまう」ものだ、と言われれば、そうなのかな…とも。

だからといって、すぐに「この人の息子を連れてきます」って、「多謝」も覚えない日本人は、随分身勝手なようにも感じました。日本人の「自己都合による横暴」にも近いような印象すらあったので、失望もしました。中国の状況も、斟酌するようなりっぱな日本人がみたかったです。(汗)

投稿: あかん隊 | 2006/02/13 00:42

あそこでリ・カミンが泣いたのは、確かに大げさに見えますが、
NHKスペシャル「絆(きずな)〜高倉健が出会った中国の人々〜」を観て
その理由が分かりました。
あの役を演じたリ・カミンは、他の役者同様、素人。
ところが彼は自分の息子を都会の学校に行かせるため
自身、家を手放すほどの苦労をしたそうで、
その都会に出た息子とのことを思っているうちに
止まらなくなるほど号泣したのでした。
番組ではそのリ・カミンの様子を見て唖然としている高倉健が映し出されています。
もちろん、それをそのまま使うのがいいかどうかは
監督の判断ですので、私には分かりませんが…。(^^; ....

投稿: えい | 2006/02/12 14:28

■RINさんへ
コメントありがとうございます!
ナレーションには、中国語で字幕がつくのでしょうねぇ。どの国の言葉も、字幕になるとニュアンスが微妙ですよね。
同時通訳が稼業の友人に「字幕を担当する人は、凄くイイ耳しているのかな」と言ったら、
「違う。違う。先に(原語の)台本貰ってるわよ」
…そうなのかぁ、って妙に納得してしまいました。

「博士…」は、ちょっと「子ども向け」ぽい感じがしたのです。大人の映画を期待してたのかもしれません。<自分

「単騎…」は、いともあっさりと、簡単に「例外措置」が、どんどん認められるので、ずいぶんいい加減な「例外」なのだなぁ…って。
あれで、役人が許可しなかったら、もう少し実感わいたかも。
それと、唐突に「息子に会いたい」って泣き始める季(だったっけ)が、理解できませんでした。あのシチュエーションで「泣く」ということは、どうにも解せませんでした。ずっと、そういう状態だったとも思えなかったですし…。って、いちゃもん付けてばかりですね。贅沢ですね。

だけど、ファンタジーじゃないでしょう?
中国版「三丁目の夕日」でもないでしょう?

投稿: あかん隊 | 2006/02/12 03:11

「博士・・・」は、もう見たんですけど、まだ記事アップできてないんで、後日感想書きますね。
「単騎・・・」は、まあ、プロモーションかどうかはわかんないですねえ。。。
中国って、ホント、都会と田舎では全然違うみたいなんで。
意外と田舎ではアンナ感じなのかもしれません。都会のお役人はアンナすんなり行かないと思いますが。
独白が多い・・・私も思いました。
でも、中国人が見た場合、日本語はBGM感覚でしょうから
あんまり気にならないような気がします。
外国映画の、全然わからない言葉の独白って
なんか気着心地イイって思いません???

投稿: RIN | 2006/02/12 00:58

■えいさんへ
コメントをありがとうございます!
なるほど。そういう過去を持った監督さんだったのですね。
『初恋のきた道』は、評判だけ知っていました。これほど映画を観るようになったのが、最近のことなので、過去の作品を知りません。
観てみたいと思います。

『単騎…』も、良いお話ですしね。ただ、出逢う人が、多少のわだかまりはあっても、みんなが良い人…というのは、少し違うような気もして。疑り深くなっているのでしょうか(汗)。

投稿: あかん隊 | 2006/02/10 13:09

こんにちは。

京野菜さんが
「チャン・イーモウは田舎を描くのが好きなのですよ。もともと。」と書いてくれたので
少しだけ補足。

チャン・イーモウは北京電影学院の試験で高得点を取りながら
年齢が高いと言う理由で合格しませんでした。
でもそれは文化革命のあおりを食らってのこと。
その頃、彼は農村や紡績工場で働いていたわけです。
「自分は文革で10年を無駄にした」と、
当時の文化庁長官に直截手紙を書き、
電影学院撮影学科への入学が許可されています。

そういう原点があるからでしょうか。
チャン・イーモウの作品には
中国社会の<時代>とその<変遷>が
<個人に及ぼす影響>と言うものが色濃く出ています。
しかも、それは田舎(農村)を軸にして描いた時の方が
巧くいっているように思われます。
田舎で生きる女性たち。
『秋菊の物語』『あの子を探して』『初恋のきた道』……。
あと個人の現代史『活きる』もそうかも知れません。

たとえば『秋菊の物語』には、
農村と言う閉ざされた社会での小さなもめ事
(夫が村長に○○を蹴られた)が
その村の中では解決できずに、
最後には中央政府にまで訴えに行く女性・秋菊の姿が描かれます。
今回の『単騎、千里を走る。』は
この映画に出てきた村人たちを彷彿させました。
「根はみんないい人。
でもそれぞれの考えや意地もあって、互いの軋轢は残る。
だけど、それでいいじゃないか。いつかは傷は治るよ」という
チャン・イーモウのおおらかな人間賛歌が聴こえてくる気がしました。


投稿: えい | 2006/02/10 10:39

■京野菜さんへ
こちらこそ、はじめまして。(多分…汗)
コメントありがとうございます。
「中国の田舎」の映画だったら、フォ・ジェンチイ監督の『故郷の香り』が好きです。
チャン・イーモウ氏というと、ごく最近の映画しか知りません。『LOVERS』『HERO』…。
『単騎…』は、確かに良い映画ですね。中国でのヒットは、頷けます。中国人は、どんな人でも、全員素朴で親切で、人情家。私生児も村人が、全員で育てている。戦争で酷い目に遭わされた日本人にも、あんなに親切。一般市民に対しての役人も、とても親切、話もちゃんと聞いてくれる。
自分が想像したのは「プロパガンダ」でした。(爆)>意地が悪いです。<自分

『博士…』では、『ビューティフル・マインド』のような映画もあったので、博士の設定そのものに、さほどのインパクトは感じませんでした。義姉とのことがなかったら、本当に「良いお話」で終わってしまったかもしれません。
意図したものでしょうけれども、「…新しい家政婦です。」だけしか言わないものでしょうか?
「新しい家政婦の○○です」って言いませんか? 普通。例え記憶が残らないとしても。
母子家庭の子どもにしては、「できすぎ君」。できなすぎな息子をふたりも持った自分としては、「そりゃ、理想型」と脱力。申し訳ありません。m(_ _;)m

投稿: あかん隊 | 2006/02/10 03:38

■はちむきさんへ
コメントありがとうございます!
はちむきさんって、やさしい方なんですね。
最近、疲れているせいか、それでなくても曲がっている根性が、ますます曲がってしまっているかのようです。(汗)
自分も母との確執、ありましたよ。時間が解決することって大きいなぁ、と思っています。

吉岡くんは、嫌いじゃないです。あのソフトな雰囲気は、誰にもまねできないでしょう。
それでも、「ALWAYS…」でやった役のようなものにもどんどん挑戦していってくれたらなぁ、なんて思う自分です。

投稿: あかん隊 | 2006/02/10 03:20

こんにちは。はじめまして、ですね。「博士」は想像もしない世界に迷い込んだようで、非常によかったです。原作も映画観賞後読みましたが、子どもたちの野球試合は映画の創作なんですね。原作では実際のプロ野球。博士の好きな背番号を着せるというのは良いアイデアでした。どっちかと言われれば、そりゃこの場合、映画の方がよかったですよ。珍しく。「単騎」も悪くはなかった。健さんへのオマージュだから、作りようがあまりなかったのでは。都市部の嫌日を避けて、という見方がありましたが、チャン・イーモウは田舎を描くのが好きなのですよ。もともと。

投稿: 京野菜 | 2006/02/09 16:24

こんにちわ、あかん隊さん・・
「単騎千里」はう~ん高倉健さんの映画でしたよね。。あの手紙の内容はとても胸にきました。私と母との関係がそんな時があったので、重ねてしまいましたね。。
「博士が愛した・・」雰囲気がとてもよかったですね。。ルート君吉岡君が何ともいえない感じが好きです。。

投稿: はむきち | 2006/02/09 13:45

■ミチさんへ
「博士…」は、すてきなお話だと思いました。
義姉との恋愛。あり得ますもの。
寺尾さんも浅丘さんも、すてきだったと思います。深津絵里も好きなんですが、一本調子だったかなぁ。複雑な大人の心理が、観たいと思いました。きっと、原作既読の方が、よりよく観賞できたろう、と思える映画でした。

「単騎…」は、お話が強引すぎて。
高倉さん、好きなんですよ。ええ、ほんとに。
今の若い人たち、彼のような「眉毛」に「男らしさ」を感じて欲しい。(笑)<剃って細くしてる男性は、はっきり言って嫌いです。幻滅。ピアスとは、わけが違う。
高倉さんは、そこにいるだけで何かを感じさせてくれる俳優さんだと思っています。
あんなに語らせてはいけない。(爆)

投稿: あかん隊 | 2006/02/07 09:35

こんにちは~♪
精力的に映画鑑賞なさっていらっしゃるようで何よりです!
TBをしようと思ったのですがちょっと「お休み」なさっているのかな?

「博士」は原作がいいです。
映画を見ながら原作を思い出して泣くという不思議な現象を経験しました(笑)
「単騎」はねぇ、どうなんでしょう。
健さんが出ているだけでオッケー的なところがありました(汗)

投稿: ミチ | 2006/02/07 08:59

■たいむさんへ
コメントありがとう! 今年…というか、今だけかもしれませんが、どうも「否定的」にものを見てしまいます。
こんな気分の自分でも、「これは!」と思わせてくれる映画に出逢いたいなんて、贅沢というか、ナマイキというか(汗)。

「何気ないこと」「無償のもの」それが、自然であればあるほど、すてきに思えることなのに…と考えています。あ、これは、自分の個人的な考えですけど。

投稿: あかん隊 | 2006/02/07 00:18

■現象さんへ
「お能」については、大学で少しは、囓ったはずなのに…。記憶が…。(大汗)
あの「薪能」の演目や謡に込められた深い意味をきちんと理解できれば、味わいはまた格別だったかもしれません。
「泣ける映画」が、必ずしも「秀作」とは限りませんね。
今年は、がっつり言いたい放題にします(爆)。

投稿: あかん隊 | 2006/02/07 00:15

■悠さんへ
博士の記憶は、過去の分はあるわけですよね?
となれば、義姉との関係や彼女の思いや彼女への思いは、あるはずですよね? その辺りの博士の心が、伝わりません。それでいいのかもしれませんが、もう少し「大人の映画」にしても良かったかなぁ、と思いました。

投稿: あかん隊 | 2006/02/07 00:12

あかん隊さん、こんにちは~
ご覧になったようですね。いやはやさすがに手厳しい!(笑)

博士は細かいことは抜きにして、好きです、こういうの。
近いうちに小説で読みたいと思っています。(いま、ほかのモノが山積みで直ぐにはムリなんだけど)

単騎は、なんだか泣きっぱなしだったけど、やっぱり細かいことは抜きにして、そういう世界もあるんだなぁ~という痛感って感じかな?

どっちも感動じゃないって言うのが、私の共通の感想です。

投稿: たいむ | 2006/02/06 17:40

薪能って何かメタファーがあったんですかねw
一度見たことはあるのですが、
実際見た時ですらちんぷんかんぷんでした。
泣ける映画と傑作映画って全くイコールでないですよね。
ただ泣かすだけでいいなら僕でもできそうw

投稿: 現象 | 2006/02/05 21:01

私は、映画館にいる時間、興味がきれないと、私にとって「いい映画」なんですけど(^^ゞ。「単騎」はねぇ。嫌日がでないように、舞台を奥地に設定し、健さん、無礼になってたでしょ(やたら写真とるし、押しが強くなってるし)。
「博士」はねぇ、「白痴」@ドストエフスキーみたいな純粋無垢でしょ。となると、浅丘さんとの関係はあれが精一杯じゃないですかね。(江口は、罪深い遊女が菩薩になるってもんですけど)。
義姉からすると、なんだ、あんたとは、一緒に重荷を背覆っていこうとおもったのに、お前一人、純粋無垢になっちゃって、かるくなって、なんだ!って私なら思うんですけど(笑)。

投稿: 悠 | 2006/02/05 20:20

■悠さんへ
「単騎…」には、どうも「中国のプロモーション」的な意図があるような気がしてなりませんでした。ずいぶん、融通の利く役人、いともあっさりと「前例がない、無理なことが許可される」、辺鄙(へんぴ)な地へ、ああも早急に警察や救急車が来る、日本人に「やたら好意的」…不自然です。「あの戦争では…」っていうのが、全くない、なんてあり得ないし、「嫌日」がないというのもおかしな話です。
第一、親子の確執の原因が、ものすごく曖昧(あいまい)で、中国にまで行くくらいなら、病室に飛び込んで、抱きしめる…くらいのこと、自分ならするだろうって思います。(笑)
それに、両手を合わせて拝むようにしているばかりで「謝謝」すら覚えないなんて、不埒な日本人だと思う。<郷に入っては郷に従え、でもありませんが、片言でも現地の言葉を話そうとする外国人を好意的にみてくれるのは、どの国でも一緒だと考えています。

「博士…」では、浅丘ルリ子の心情や博士と彼女の微妙な心理描写が、粗いです。
湖岸に佇み、思いにふける…そんなありきたりの映像では、納得できない。最後の「薪能」でも、わからない人には、何がなんだか…。(汗) 謡のところどころの言葉が、把握できる程度です。映画の主題は、家政婦の彼女と少年と博士だったのかもしれませんが、重要なポイントでもある浅丘ルリ子の役が、あの程度でいいのでしょうか? って、文句ばかりですが、映画としてどうかと考えると、どちらも「これはイイ!」とはとても言えません。

投稿: あかん隊 | 2006/02/05 17:08

そういえば、どちらも、いい人しかでてきませんね。ていうか、悪い人はでてこないですよね。

投稿: 悠 | 2006/02/05 14:32

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