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2006/02/14

ミュンヘン(20060213)

演奏は、別の人だったが、スティングの曲がかかっていた(ドイツの友人宅)。車の中で、スティーブ(ダニエル・クレイグ=この方、どこかで…と思ったら『トゥーム・レイダー』に出てた。今度は、007なんですか? 青い目の?)が、口ずさむ、あの曲にも覚えがある。「ブラック・マジック・ウーマン」は、自分でもベースを演奏したことがある(汗)。とても懐かしい。(「Oye como ba」という曲も覚えてる。「キャラバン・サライ」の方が好きだけど。)
あの頃のことだったのか…と思う。何語を話しているのか、くらいはわかるが、内容はちんぷんかんぷん。松浦さん、もう少し詳細な部分にも字幕つけてください。(汗)

エリック・バナは、なんとなくトム・クルーズに似ていると思った。鼻が高く、彫りが深く、神経質そうな顔立ち。観るなり、暗い。シーンの色調も、ずっと暗い。「殺人をしたのではない、という証明が欲しい」というアブナー。

日常と非日常。生と死。怒りや恨み、そして望みと願い。
料理したり、食事をしたりするのと同じように、「使命」のための行動があるものなのか?

ジパングと呼ばれた島国で、同一民族、同一国家、そして宗教は、なんでもござれ…のこの国に生まれた者としては、想像を絶する「渇望」がそこにある、ということだけを理解する。

「個人」には、なくても「国家」「民族」「宗教」にはある「恨み骨髄」。
『ホテル・ルワンダ』でも思ったことだが、「人間は、哀しい」。
たとえ、「プロ」であろうとも、人間であることに変わりはない。仲間を思い、家族を愛し、子どもを慈しむ。
料理もし、異なる価値観を持つ人とも会話することができる。

「一瞬」に、何もかもが「破壊」されてしまう。この「一瞬」を避ける手だてはないのだろうか。

判断に迷っていたら、自分自身の生死も危うい状況の中で、反射的に行動してしまうのを、一体誰が止められるだろう。「怒りと報復の連鎖から生まれるものは何もない」といった主旨の台詞を主人公に言わしめたこの映画が、イスラエルで批判されるのは、しかたのないことかもしれない。

ラスト、ミューヨークのツインタワーは、まだそこにあった。
あたかも、この後に起きる「惨劇」が、この時点(いや、もっと前?)から、ひたひたと浸透してきていたことを象徴するかのように、遠く霞んで…。

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

■和っち さんへ
こんばんは。コメントをありがとうございます。
ずっしり来る映画でしたよ。
これは、ひとりでじっくり観賞するといいかもしれません。劇場でも、DVDでも。

スパムTBが多かったりしたので、新しい記事では、TBを休止しています。ごめんなさい。
でも、和っち さんがレビューをアップしたら、コメントして教えてくださいね! 拝見したいです。楽しみにしてます!

投稿: あかん隊 | 2006/02/22 02:57

■はちむき さんへ
コメントありがとうございます。
緊迫感が、ずっと続いたので、「はらはら」に弱い自分は、かなり疲れました。でも、それだけ、この映画が、リアリティに富んでいたということでしょうね。
お料理! ほんとにおいしそうでした。
おいしいものを食べながらする話ではないような気もしました。あれじゃ、おいしいこと、わからなくなっちゃいそうです。(汗)

投稿: あかん隊 | 2006/02/22 02:55

こんばんは!
この映画見たいんですよ。
見に行けたら見に行きます。
でもきっとまたDVDになっちゃうんだろうな・・・
見たらまたTBさせていただきますので
よろしくお願いします!

投稿: 和っち | 2006/02/21 23:31

あかん隊さん・・こんにちわ!!
この映画はとても好きな映画なんですよね。。
本当・・あの主人公の料理は美味しそうでしたよね。。あれは食べたい(笑)
主人公が追われる側になって時の不安感が、めちゃ!!気持ちが伝わってきました。。

投稿: はむきち | 2006/02/21 16:06

■カヌさんへ
コメントありがとうございます!
ツインタワーをみて、息苦しさを覚えました。
この映画の時代に、もう少しなんとかできなかったのでしょうか。自分が、ノーテンキなのもありますが、あまり人様を「恨む」ということがなくて、どうにもわからない部分がありました。

投稿: あかん隊 | 2006/02/17 00:33

こんばんは。
ツインタワーまだありましたね・・・
どのようにラスト終わらすのか、なし崩しになりそうな気もしてたんですが、NYで終わるのは、さすがスピルバーグだなと思いました。

投稿: カヌ | 2006/02/15 01:34

■悠さんへ
ほんとですね。
紙一重のところ、すぐそこにころがっているかもしれない「非日常」。
いつ、自分たちがそれに巻き込まれてもおかしくないような印象でした。

気のせいか、今日、たまたま外出した時、ヘリコプターのローター音が、響いていたら「どきっ」としている自分がいました。(汗)
(習志野空挺団が、近いのです)

地下鉄に乗っていても、「ここは何両目だったかな」と不安になったりもしました。事故や事件は、すぐそこにあるものなのかもしれません。もしかしたら、「殺人」も、案外日常なのかもしれないな…と。怖いよ…。

投稿: あかん隊 | 2006/02/15 00:30

■たいむさんへ
コメントありがとうございます。
わかっていても「大義名分」「使命」…のようなことがあれば、人は、行動するのでしょうね。
「断ることは、できない」のでしょう。

ラストにかけて、あちこちで聞かれた「NO」は、とても印象的でした。

サイトー…。目立たないけど、格好良いスナイパーですよね。あ、お気になさらずに。
もう、これで、十分、といったときで良いです。

風邪ですか? 流行ってますね。
お大事にしてください。そろそろ花粉症の心配もしなくてはならない時期になってきたようですしね。

投稿: あかん隊 | 2006/02/15 00:12

殺しに使う金を、領収書でチェックする、情報をいくらでうるか考える、、これくらいのリアルさをもってるんですよね、テロリスト組織と関連企業の情報屋さん。
このリアリティがよかったな。
料理、朗読会、カフェテラス、日常が、死と隣り合わせになってる「9.11」といわないまでも、大震災と「オウム、サリン」、あれ以来かな、こんなこと考えさせてくるドラマ。

投稿: 悠 | 2006/02/14 22:33

あかん隊さん、こんばんはー。

>たとえ、「プロ」であろうとも、人間であることに変わりはない。仲間を思い、家族を愛し、子どもを慈しむ。
そこが難しいところなんですがねー。
ターゲットにも家族があろうに・・・と。
一旦出かけたはずの女の子が、忘れ物(?)で戻っているのに気がついたとき、少女は巻き込まないように、作戦を中断するけれど、その後決行。少女はそのとき何を思うのか・・・
みんな、わかっているはずなんだけどなぁ。

プロという言葉からちょっと連想
「いいんだ、俺は慣れている」byサイトー
そろそろ返却しないとねですよね。未だお世話になってますが。

風邪引いちゃいました。(インフルエンザではなさそうです)
あかん隊さんお気をつけて。


投稿: たいむ | 2006/02/14 17:04

■悠さんへ
おはようございます! コメントありがとうございます。
「朗読会」で話されていたことは、「シェエラザード」のこと。アラブの話をユダヤ人が、世界に広めた…というようなことでした。
アラブにも、ユダヤにも、歴史と伝統がある。あり過ぎる。「報復の連鎖」にも歴史と伝統があるのですね、きっと。

「料理」はね、「センス」ですね。
本当においしいものが好きなら、きっと上手にできます。幼児体験も必要で、育まれてきた「味覚」は、大人になってから「付け焼き刃」的に備わるものではなさそうです。

えっへん。あまり料理はしないのですが、心ある人には、喜んでもらえるものをこしらえる自信がある自分です。(爆)

息子たちに、「好き嫌い」は殆どありません。

投稿: あかん隊 | 2006/02/14 08:44

パパとアブナーが、「互いに料理人になるには手がおおきすぎる」。暗殺される教授@テロリストがカフェテラスで「朗読会」をやっている。死と背中合わせの日常が、えがかれてました。アブナーはキブツで料理をならう、「朗読会」をやれる文化があるんだ、と思うとそっちがうらやましいかったりしてました。
料理ができると、いいな~と、いまさらですが、反省してます。

投稿: 悠 | 2006/02/14 07:37

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