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2006/03/04

知らない言葉で考えることはできない。

映画と同じく、読書も大好きなので、気になる本があると次々に読む。忙しいと読む時間もなくなって、購入した本は、当然のごとく「積ん読」になる。それが、体積する。

映画を観るにも「気力」と「体力」が、必要なことは、事実だけれども、読書にも、少なくとも「十分な気力」が必要だと感じている。この年になっても、もちろん読み方に悩む漢字も、たまに出てくるし、知らなかった言葉を知ることも多い。むしろ、つとめて「未知」の言葉が出てくるような、知らない表現があるような本を進んで読んでいるような気もする。

「思考」は、脳内で行われることではあるけれど、これまでに見知った「言葉」で考えていることは間違いない。
以前に紹介した『行動心理学入門』(杉山尚子 著:集英社新書)にも、そうした記述がある。

『国家の品格』(藤原正彦 著:新潮新書)と『祖国とは国語』(藤原正彦 著:新潮文庫)を続けて読んだ。
新書は、評判らしく書店でも平台に山積みされていた。
全く同意、ということもなかったけれど、確かに言わんとすることには「一理」あるかもしれない。

「語彙」が豊富であること、その意味を正しく理解していること、適切に使えること、などは、すばらしいことだと考えている。だから、自分のなさけない状況を少しでも改善するためにも読書は、かかせない。もちろん、辞書も側に携えて。

『あの戦争はなんだったのか』(保坂正康 著:新潮新書)、『あの戦争から何を学ぶのか』(保坂正康 著:講談社文庫)などでは、「カナ」と「漢字」の混じった文がある。それが、とても読みにくい。音読でもしないと。

年齢とともに金属疲労を起こしている視力にも、最近の文庫は、優しい。本文組の文字ポイントが大きめになった。(その分行間が狭くなっているようにも感じるが、それでも嬉しい)

少しでも、まともに考えるためには、言葉をしらなければならない。そのためにも、読書をやめることはできない。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

■たいむ さんへ
日本語、すてきですよね?
文語体などは、特にすてきだと思います。
「この感覚を言い表したい」と思う言葉が、思い浮かばないときがあったりして、貧困な語彙に嘆くことしきりです。

難しい言葉を使わなくても、平易に言い表すにしても。

電子辞書なるものができたので、いつでもどこでも手軽に、即調べられるようになって嬉しいです。

投稿: あかん隊 | 2006/03/14 18:36

あかん隊さん、こんばんは。

ブログを書くようになって、本当に自分のボキャブラリーのなさに情け無い思いをしております。
崩して書く場合は楽なんですけどねぇー。

本は「積ん読」本として増える一方になるので、最近は新聞を一生懸命読んでます。
小面倒くさい(笑)内容のブログさんのところなんかでは、カッコイイ言い回しの意味を調べてみたりして(笑)

日本語はデリケートで面白いですね。
知ったかぶりの表現が一番まずい。
私も辞書を片手に精進しなくては!

投稿: たいむ | 2006/03/13 20:02

■cocoro さんへ
こちらこそ、お久しぶりです。(汗)
cocoroさんのブログは、ちょこちょこ拝見しています。エネルギッシュに更新されていて、若さを感じます。
30歳前ならば、「若い女性」ですよ!(笑)
ボキャブラリーを増やして、ますます魅力的な女性になってください。

ご自分で「これはおもしろそう」と思える本から、ぽつぽつお読みになるとか、良いと思った映画の原作を読んでみるとか、そういうことから、案外「読書」にハマルことってあるように思います。
知らない言葉がでてきた時は、間髪入れずに調べることです。自分は、付箋にメモも残したりしてます。なので、部屋のあちこち、手帳のあちこち、付箋だらけになったりします。(爆)

投稿: あかん隊 | 2006/03/07 02:00

お久しぶりでーす。
記事のタイトルとあかん隊さんの言葉が私のコンプレックスにズバッと的中です。

>知らない言葉で考えることはできない
逆の意味になるのですが、
知らない言葉では伝える事ができないのです。
Blogをやりだして大人として言葉の壁にぶち当たり
もう数年で30歳というのに・・このままではと強くなる気持ち。
そして、これからは本を読もう!と思っていた矢先のあかん隊さんの記事に気力が奮い立たされました。

字がキライで読書を遠ざけてましたが
本は、才能ある方の知識がぎゅっと詰まっているんですよね。

投稿: cocoro | 2006/03/06 22:04

■悠さんへ
悠さんの広い知識の根底には、「活字中毒」があったんですね?(笑)
最近は、本当の意味での「活字」で印刷されたものが、ほとんどなくなってしまいましたね。写植の文字も少なくなってしまって、さびしいです。組版も、きれいなものが少なくなりました。職業柄、あーあ、と思うことがよくあります。
新聞の文字も、漢字があまり使われなくなってしまって、読み方から逆に「どんな漢字だったろう」と辞書を調べる機会も増えました。ルビを振ってくれていたころの方が、表意文字としての「漢字」のニュアンスがあって、情緒的には、良かったように思うのですが、時勢なのでしょうねぇ。。。

投稿: あかん隊 | 2006/03/05 21:27

私の場合は、活字中毒でして、漫画か新聞なら、新聞、小説か漫画なら漫画ってな具合で、楽なものを読んでます。と、歯ごたえのある本が読みたくなり、歯がたたないと、また、漫画か新聞の繰り返しで。
活字以外のものを、ってんで、稽古したり、映画、芝居、、、とつながってるみたいです。なんか、ほんと、暇つぶしなんです。なにもせずに、一日をすごせればいいのですが、小人閑居して不善をなす、って感じで(^^;)

投稿: 悠 | 2006/03/05 16:02

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