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2006/05/31

隠された記憶(20060530)

Hidden「衝撃のラストカット」というのは、あとから知った。
いろいろ考えているうちに、気づかずにエンドロール。あとから、あちこちの情報を見て、なるほど、と思う。
確かに「謎」めいている。社会や大人同士、会社と人間、男と女、夫婦間、民族、大人と子ども、老人、弱者、差別、とさまざまな問題(軋轢?)をちりばめながら、「暴力」について、それを生む「不安」について、これ以上ないほどのシンプルさで投げかけられた気がする。これだけ盛り込んだのだから、音楽まであったのでは、混乱の極地になりそうだ。

「reproches (de la conscience)」やましさ…は、「良心」の裏返し。
「疚しい」と感じることは、「良心」があるということ。

子どもの時には、大人になってからの道徳的良心を刺激し続けることになるとは考えもしない。
子どもは「天使」であり、また「悪魔」でもある。「邪念」がない、というのは、「悪を為さない」と同意ではないだろう。もっとも、「悪」という概念は、大人になっても、明確な境界線で縁取れるようなものではない。

恐ろしいのは、どんなに悪質であろうが、残虐であろうが、「邪念」がないということ。
異常ではなく、ごく普通に存在する健全な精神が、「道徳的良心を持つに至った」大人には、およそ考えられないような「残酷さ」をむき出しにすることがある、ということなのだろうと考えた。

父親が、あのような「死」を遂げても、とりみだすことなく「一種のゲーム」のように、オフィスに現れ「何も」、と言いながら、必死に「その状況」を回避しようとする大人に向かって、青年は「疚しさ」と言う言葉を使って、ゲームをクリアするのだ。

あなたに疚しいことは、何一つありませんか?
過去から現在に至る過程で、ひとつもなかったと言い切れますか?

私は、あなたの…の時の「(良心にもとる)悪行」を知っているのですよ。ねぇ、あの時のこと、覚えていますか?
あなたは、本当にひどいことをしたのに。後悔してはいないのですか? ほら、あのことですよ…。

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2006/05/29

BIG RIVER(20060528)

Bigriver久しぶりに公開直後の映画を鑑賞。
日曜日の最終回は、いくらかでも混雑が解消されているだろう…と思ったのだが、思いの外「がらがら」に近い。
公開は、土曜日だったから、もしかすると「ある種の評判」が流れたのかもしれない、と観て、思う。

「旅は、いつでも(ひとりじゃなくて、ふたりでも)できるけど、“この人”と思える相手に出逢うことは、そう簡単なことじゃないし、機会を逃すと二度目はない」

感性が鈍っているのか、気持ちが頓挫したままなのか…。何度も眠たくなるのを必死でこらえた。ロードムービー。たしかに得意ではないが、ヴィム・ベンダースの作品は、とても好きだと思えたのに…。

映像は、美しい。

人物を撮るアングルも、とてもおしゃれだし、色彩にも凝っている。

でも、逆光だったり、妙に(意図的?)ぼやけているシーンがあったりする。景色を撮影したかったのだろうか…。「人種・言葉・宗教などの違いを超えた友情…」を、アリゾナを舞台に描きたかったということだが。
ストーリーは、申し訳ないが、稚拙だと感じた。緊張感がない感じがした。監督さんの意図する「間」と、自分の「間」が、実にずれる。たいくつしてしまう。これが、「癒し」なのか?

ぐいぐい、と観客を惹きつけ、逸らさない…という手法は、感じられなかった。
それが、この監督さんの作品が持つ風合いなのかもしれない。
なんと言ったらいいのだろう。どこかもどかしい。

オダギリジョーは、この映画でも変わらない雰囲気で「存在」していた。だけど、どうしてだろう。
良いお話なのだが、どうしてだろう。

「染みてこない」

パキスタン人の話す英語は、明らかに「インド訛り」。それでいいのかもしれない。
サラ役の女性。話す英語は、随分ゆっくりしているように感じる。それでいいのかもしれない。

ラストシーン。オダギリくん、あの走法では追いつけない。(^^;)
とにかく、チラシもデザインがすてきだったし、劇場のパネル等もきれい。パンフレットは、もちろん購入。
ポスターも購入。それでいい、と思う。

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2006/05/26

まだ観ていない「ダ・ヴィンチ・コード」

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なるほど。しかし、いつ行けるだろうなぁ。
開封してないDVDも、数本たまっているし、「積ん読」本が、まだたくさんある。

なのに、「これが終わったら…」と思っているそばから、「新規」が舞い込む、「これ、急いで」、と「横はいり」するものもある。来月には、納税しなきゃならないし。決算(昨年度分)も、なんにもやってない。。。

今月は、まだ56歳という若さで急逝した、自分にとっては「デザインの師匠」のような方のお家へ訪問もしなければ…。お葬式にも行けなくて、心が痛む。少しずつ、身の回りの様子が変わってきているのを実感することが多い、この頃。

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2006/05/24

しみじみと眺める

昨日は、仕事でさる官庁に出向きました。仕事の現場となった会場(10F)から、ふと窓ごしに見えた「国会議事堂」。
テレビで見ることは、ときどきあっても、「生」というのは、「国会議事堂」でも違った印象でした。
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不思議な気持ちになりました。どうしてかな…。
デモ行進の叫び声が聞こえていましたが、何を言っているのかは、聞き取れませんでした。

忙しいなぁ。時間ばかりが、過ぎてしまうなぁ…。そろそろ、入梅ですね。

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2006/05/20

母の日って。

母の日、今年は、5月14日でした。(確か、5月の第二日曜日だったと思う)
自分の母は、なんとか元気でやっている。母の日に特別なことはしないようになってから、ずいぶん経つ。
その代わり、といってはなんだけど、折々に気がつくといろいろなものをプレゼントしたり、勤労してあげたりしている。

自分も、一応「母」なのだけど、息子どもも大きくなって、花屋さんでカーネーションが目につく時節…くらいの意識だろうと思うし、それでいい。ちっとも構わない。自分は、カーネーションを貰っても、あまり嬉しくないから。殺伐としたヤツなのかもしれないけど。

だが、「母の日」を意識する存在が近くにいる。困ったものだ。
だいたい「母の日」は、ご自分の「母」にカーネーションをさしあげておしまいにすればいいのに、昨年に続き、今年もカーネーションを購入してきた。参った。

あのね。私は、あなたの「母」ではないのよ。言いたいが、言えばもめるのがわかっているので言わない。
カーネーションも、花屋さんの軒先にずらーっと並べてあったような「サービス品」だというのが、とても顕著な、貧弱でかわいそうな鉢植え。なんとか元気だしてもらいたい、花には罪はない…と、水やりをし、うなぎの寝床のリビングでは、陽に当たらないので、晴れ間を見つけてはベランダに出し、夕方には屋内にしまったりした。

残念ながら、非常に狭い居住スペースに、仕事用の機材などもたくさんあるため、机の上はいっぱいだし、棚らしいものもなく、どこにも置くところがなかったので、じゃまにならない床に置いていた。

「鈍感な女だってことが、よーくわかったよ!」

帰宅した御仁は、不機嫌に宣うた。そう、御仁が購入してきたカーネーションの鉢植えが、床に置いてあることに、いたくご立腹されたのだ。

思うに、この方は、ずっと「お子様」。「ママ、僕が買ってきたお花、飾ってね」…のノリなのだ。

「置く場所がないもの。どこに置いたらいいか教えて」
「陽に当てたり、水やりしたりしているよ」と対応した。
すると、定番「ばかやろー!」とのことだったので、処置なし。危険回避のため、それ以上は言わない。言葉が続かなくなると実力行使に出る御仁なので。

しかし、「週末に温泉に行こう。良いところ見つけたんだ。」とめずらしいことを言った時も、「?」と思っていると「500円で露天だぜ」ときた…。言葉を濁して、週末になり「やっぱり行けない」というと「嘘つき!」と言われた。

どうして、彼は、こうなのだろう。気の毒だけど、とてもつきあっていられない。
私は、御仁の母上にとお中元とお歳暮を贈り、旅行へ行けば、必ずちゃんとしたものをお土産に購入してくる。

彼は、仕事で中国へ行ったとき、43元(レートはしらないけど)のお茶を買ってきただけだった。しかも、私の両親に何かを購入してきたことなど皆無なのだから、なんとも言いようがない。

「鈍感な女」にしてくれて、とても嬉しい。おかげで、ずいぶん大人になれたと思うから。そういう意味では、とても感謝している人なのだ。ほんとですよ。

※毎年、母の日に、夫(にあたる人)からカーネーションを貰っている妻(の立場の人)って、いるのかなぁ…。
貰うものなら、なんでも喜ばなくちゃならないのかな? いらないものは、いらないって言いたい。まじで。
だから、いつでも「何か欲しいもの」と言われたら「ものはいらない」って言うことにしている。ほんとに何にもいらない。生活費だって、本当はいらないので、「いらない」と言ったことがあった。でも、どうしてだろう? ものすごく怒ったので、うやむやになっている。まあ、いいか。ほんの少しだから、貰っておいても罪になるまい。。。

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2006/05/16

映画生活に戻りたいけど。

今年に入ってから、「厳選して観賞する」方針にしたとはいうものの、「厳選した映画」すら、なかなか観に行けない状態が続いているし、映画の情報をチェックする機会も少なくなってしまった。

「これが観たい」「これ、観よう」、と思っていた映画が、どんどん公開され、通り過ぎて行ってしまう。一度離れてしまうと元のモチベーション、サイクルに戻るのが難しい。忙しいこともあるけど、去年は、忙しくてもどこか「ムキになって」いたようなところもあったかもしれない。自分でも、少し思い詰めたように劇場に通ったのは、どういうことだったのだろう、と考えてしまう。

映画が好きなのは事実だし、時間さえあれば観たい。

もしかしたら、「厳選した映画」を公開している劇場が、遠いせいもあるかなぁ。シネコンで上映される映画は、選択しないことが多くなったからか…。映画1本のために電車に乗って、片道1時間(報復2時間)かける…ということが、時間的なロス、と感じるようになったのかもしれない。

時間は、とても大切だし、若い時ほど残っていないというのも確かだから、有効に使いたいという気持ちが強くなったのかもしれない。仕事がなくなったら、映画をもっと観ることができると思うし、今しかできないことを優先しよう、としているのだろうと思う。本を読む時間は、きっちり確保したいなぁ。。。

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2006/05/11

軽くログイン

いい加減、放置状態で、どうしようか悩んだけど、方針として「軽くログイン」できたら、記事アップすることにすることにした。
今日の今で、約10-12秒ほどかかっている。まあ、良い方かな。

なーんて、決めたけど、明日から数日遠出するので、結果的には放置が続くような格好になるか…。
それでも、全然構わない。迷惑なスパムがないのが何よりだし、アクセス数が特別気になるわけでもないから。

劇場にもなかなか行けない状態が、続いているので、たまに急遽観た映画のことも記事にし忘れ、いつ観たのかも忘れ…。。。情けないかもしれないけど、今はちょっと頭の中が、ばらばらになっているような気がする。

いろいろ調べものもあるし、勉強しておかなくちゃならないこともあるし、落ち着かない。

○最近、イッキに購入してきた本
「トーキョー・プリズン」(柳 広司:著)
「栄光なき凱旋(上・下)」(真保裕一:著)
「終末のフール」(伊坂幸太郎:著)
「孫が読む漱石」(夏目房之助:著)←これは、ミチさんに教えてもらったようなもの。
「すらすら読める徒然草」(中野孝次:著)
「脳と仮想」(茂木建一郎:著)

で、現在中心に読んでいるのが、「概論 日本歴史」(吉川行文館:発行)
復習しているところ。あと、携行している「ウェブ進化論」。。。

○最近購入した音楽CD
「I'm not dead」(Pink)
「協奏曲集(調和の霊感)作品3」(ヴィヴァルディ)
「モーリス・ラヴェルのピアノ協奏曲など」
「ミッドナイト・ブルース」(ウィントン・マルサリス)
「THE BEST OF HERBIE HANCOCK」(ハービー・ハンコック)
「SINGLE COLLECTION」(夏川りみ)
「VIM'N'VIGOR」(JOE FARRELL-LOUIS HAYES QUARTET)

ぐちゃぐちゃの選択で、節操のなさが露呈。。。

ちなみに、先日、小林二郎さんに「コバンザメ」して行った秋葉原で、購入した「STAX」の入門タイプヘッドホンで、既存のCD聞きまくり! 聞こえてなかった音が聞こえるすばらしさ!
オーディオ・オタクには、絶対なれないけど、気になる物品が…。(^^;)

○やっと手に入れたニンテンドーDSで、「脳のトレーニング」をやってみる。
少しトレーニングして、初めてやった本番では「38才」と出たので、それなりに満足。<(消費者を狙う)敵の思うツボ。

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2006/05/05

なんだかなぁ…、立喰師列伝(20060504)

これも前売りが、アウトになりそうだったので、がんばって出かけた。

渋谷という街は、どうしても違和感があって、好きになれない。書店の入り口、階段に座って漫画を読んでいた小学生の女の子二人。ハチ公前に溢れる人の群れ。のろのろ歩くカップル。おへそやら、お腹やら、地肌が見える女性の服装。壁際にぺったりと座り込む若い人たち…こういう情景に、はらはら、どきどきするようでは、加齢現象が顕著なのかも…。でなければ「おのぼりさん(田舎モノ)」か…。

パルコ3の8Fにある「シネクイント」で観賞。予定では、明日(5日)が最終日、にしては、観客の入りは、まずまず。I.G.や押井さんの人気のほどかな。それらしい年齢の男性が、ほとんど。

映画(アニメ)の方は、というと、、、、うーん。
ああ、ここで笑うのかな、と思うところはあるにはあったけど、笑えなかったし、とにかく眠くてしかたなかった。でも、音が凄くて、これは「眠らせないため?」かもしれない、なんて思った。押井さんも、「イノセンス」で相当疲れてしまったのか、こういう作品つくって、息抜きしたかったのじゃないのかな。
I.G.の神山さんもしっかり出演して、大活躍だったけど、仲間内の慰安作品を公開した…って感じだった。

観ないでいたら、気になっただろうから、観てよかった。DVDを借りて観るほどのこともなさそうだし、これを自宅でみるのでは、もっとしんどい思いをしそう。

予告編でやっていた『プルートで朝食を』。キリアン・マーフィーが観たい。
『ゆれる』の予告編も、劇場で観られてよかった。チラシもたくさん、もらってきた。。。。
東横の食品フロアで「お茶漬け」を食べて、食料品を購入して帰宅した。ムードも余韻もなく、ひたすら現実的だな。>自分

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2006/05/03

Op. ローズダスト(上下巻)

上巻が、554ページ。下巻が、569ページ。
1ページの文字量も、45W×21L(945文字で、ほぼ1000文字)。
当たり前だけど、全体だとおおよそ1,061,235文字。(見出しや扉もあるので幾分少なくなると思う)

1,000,000文字として、400字詰めの原稿用紙にすると、約2,500枚分。すごっ!
デジタル入稿できるようになったから、できる文字量のような気もするなぁ。手書きでは、へろへろになりそう。。。紙ベースだと重量も凄いよぉ…。(片手では持てない)

1ページの文字量が多いので、結構読むのがしんどかった。しかも、福井さんのお話では、漢字も意外と多いので、夢枕獏さんの単行本より、インクがたくさん使用されているんじゃないか…<何を考えている!

福井さんのお話の雰囲気が好きな人なら、きっと気に入る作品になってます。それに、今回は、明確な「救い」があるように思います。少し引いてみると、劇画タッチでもあるのですが、小説だから。場面が想像できる、というのは、描写が巧みなのと「映像」で育った世代でもあるからでしょうか。ともすると、BGMまで聞こえてきそう。

「…を答えにした」「…どきりとした」「押しかぶせた…」、、、なんとなく、同じような表現が何度も出てくるので、ああ、これは、福井さんの好きな表現なのだな、と。そういえば、浅田次郎氏にも好きな表現があって、必ず何度か出てくる言葉があったなぁ。「爆(は)ぜる」という言葉は、福井さんも好きみたい。

『川の深さは』や『亡国のイージス』ほど、ぐっとくるものは、少なかったけど、その分読む先にも「光」が差し込んでいるような、雲間から海上を照らす、幾筋かの陽光のような予感が続いていて、それはとても気持ちが良かった。

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いくつかまとめ(20060503)

●『SPIRIT』(20060408) ジェット・リーが、気になって。なかなか、おもしろかった。でも、普通かな。
飲んだくれのジェット・リー、ちょっと不自然な印象で。

●『V フォー・ヴァンデッタ』(20060430) 他の方のブログ記事を参考に、観ようと思った。
起因となっている「ガイ・フォークス事件」、11月5日は、「ガイ・フォークス・デイ」として、花火を打ち上げたりする記念日になっているらしい。でも、この記念日、映画の内容とは、ちと違う。
「テロを抑圧できた記念日」として祝っているというのだから…。

「恨み」とか「復讐」とか、そういう気持ち自体、自分には縁遠くて、数十年もかけて地下鉄を復活させたりすることができるなら、もっと他のことしてもいいかなって思った。

ポリティカルなことは別として、音楽がすてきだったなぁ。エプロンかけてお料理している「V」も、おちゃめでよかった。

暴力への暴力による報復というのは、結局「暴力の連鎖」(=ループ)でしかなさそうな気もしたし、たとえ「圧政」だったとしても、根本的にそれを望む素地が、そこにあったのだろうと。問題の為政者を削除しても、そうした芽は、今後いくらでも出てきそうだし。

それにしても、ジョエル・シルバーさん、ウォシャウスキーご兄弟、少し減量された方がよろしいのでは?(汗)

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