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2006/07/26

人相、年齢相応。

あの「○リー・○ッター」シリーズの日本語翻訳を独占し、販売も通常の流通ではなく、返品できない受注方法で、散々売りまくった彼女。人相が良くない気がする。あの年齢になれば、人間、人相に人柄が現れる。国税庁が摘発するには、それなりの根拠があるのだろう。謙虚に、真面目にやっているのに、そういうことになったのだろうか?

日本語に翻訳した、ということは、純粋に日本人からの売上げだと解釈する。それを、税金が安いから…とスイスに税金? お金持ちには、つれない日本だからなのか?

書店では、シリーズを追うごとに、だんだん売れなくなってきていたにも拘わらず、返品できないというリスクを考えてか、盛んに予約販売をしていたようだ。

嬉しいかな、自分は、一冊も持っていない。彼女の「スイスでの幸せな生活」を支える直接的なことに繋がらなくて、つくづく良かったと思う。「おもしろいから…」と貸してくれた友人には、申し訳ないが、あの翻訳では、非常につまらないものになっていた。すごく読みにくかった。

翻訳本でも、こんなに読みにくいのには、あまりお目にかからないと感じたから、一番最初のものしか読んでいない。装幀も、本文組デザインも、無駄が多い。あんなに行間をあけなくても、余白をとらなくてもいいはずだ。

原書を読んだが、ペーパバックのような小型で、装幀も簡単。軽くて、小さくて、どこにでも持って行けるサイズだった。

彼女には、気負いがあったろうし、もともとが「通訳者」としての素地であり、少なくとも物語りを表現するような手法は、体得されていなかったように思う。勝手な自分自身の解釈をベースにするには、彼女自身が、児童文学について、もっと真摯に研究してからにすべきだっただろう。なぜ、独占なのか…そこには「欲」が見え隠れする。

本当に良いお話だから、少しでも多くの人に味わって貰いたい…ということなら、もっと違う方法があったのではないか? 児童文学に詳しく、さまざまな表現を体得されている方の翻訳で、読んでみたかった。しかし、それはおそらく叶わない。なぜなら、彼女が独占してしまっているからだ。

最近、また読んでいる『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、村上春樹の訳。こちらは、過分なほどに味わい深い。偏った見方だろうか…。

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日本沈没(20060725)

ココログ不調につき、ログインもせず、少しでもアクセス超過による混乱が解消されるか…と斜に構えていた。

この間、DVDで『グリーン・ディスティニー』で、ミシェル・ヨーを確認。観たことがあったと自覚(=不覚)。鼻っ柱の強い、わがまま娘の役は、ツィイーにぴったりだなぁ。

『X-MAN』も再確認。劇場で観てないはずなのに、なんとなく既視感が…。???
『イントゥ・ザ・サン』を4inch画面で。これは、それでよかった。限りなく、軽かった。

さて、『日本沈没』。リメイクと聞いていても、前作を観たのかどうかも怪しい自分。
吉田日出子は、さすがだなぁ、とか六平ちゃんは、いいなぁ、とか。
福井氏(『亡国のイージス』等の著者)がちょろっと出演していたのに気がつかず、エンドロールで発見。どの役だったか気になったのでパンフを購入。絵コンテのすばらしさに、パンフ600円は、お値打ち。
庵野さんもどこかに出てたはず…。わからず。。。

つっこみどころは、満載。とはいえ、CGはよくできているし、After Effectsも酷使されたらしいから、ふむふむと画面に見入った。レンダリングがたいへんだったろうなぁと思った。
劇中で、田所(トヨエツ)が、演算結果を表示するディスプレイをぶったたいてしまうが、無理もない、あれはきっと制作スタッフの「むかつき解消」だったかとも。ちなみに、壊れたディスプレイにも映像は映っており、その後、繋がっていたマシンには、布製のガムテープに「ハイキ(廃棄)」とカタカナで書かれたものが貼ってあった。(細かいとこ見てるねぇ。>はい。) そんな気分にもなったのか、それとも実際「廃棄」になるようなマシンもあったのか…などと余裕で想像を巡らすだけのゆとり気分で観賞できた。

ミッチー、イイ感じになってきた。
遠藤憲一、良い役を貰ったなぁ。
ピエール瀧も、今回は、しっかり印象に。

よくわからなかったのは、横たわる遺体がある路上を歩く小野寺(草なぎくん>「なぎ」という漢字は、電子文字にはないので、作字しなくちゃなりません)。あのシーンは、なんだったのだろう。なんの脈絡もなく、唐突に映って、唐突に終わる。意味不明。
(おそらく死んでいる?)子どもを抱えた若い母親が、夫とおぼしき遺体のそばで、「すいません」と言い続ける。小野寺の台詞は、「大丈夫ですか」のみ。その後、振り返りもせずにどこともなく歩いていく…。わかんないよー。

消防庁のハイパーレスキュー。女性の隊員が? やっぱり、リアルでは現在のところ女性はひとりもいない、とのこと。そりゃそうだよなぁ。

沈没する国土と運命を共にする、という意見もある、というのが妙にリアルに感じられた。函館のシーンでは、あのあたりに実家があるのだが、危険な時期に港の近くにいるなんて…とは思う。ドックのおおきなクレーンは、現在売りに出されているらしい。函館も地域振興策で「フィルムコミッション」を立ち上げている。多いにロケしてもらいたいだろうけど、今回は、CGで水没…(爆)。
津波で市街地が、あっという間に飲み込まれるのは、実際あり得なくない土地なので、「ああ、あの辺りは、まっさきに沈むんだ」などと具体的に考えてしまった。

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2006/07/18

Time waits for no one

やっとログインできたので、記事をアップしようとしているところ。
映画もいくつか観たのだが、何を観たのか…ぼんやりしてきた。

○『ダメジン』
生命線の続きをカッターで手のひらに刻み、ループにさせて「俺は死なない。なぜなら…」、とその傷跡を医者に見せつけるところでは、あっけにとられた。
最後の「むえんぼとけ」というのは、「煙の出ない仏」のことじゃないのね…というの受けた。
「燃料がトルエンなんかで、(ロケットが)飛ぶのか?」>「トルエンだから飛ぶんじゃないか!」
こういったはちゃめちゃな、それでいてゆるい笑いが満載で。菅原洋一にも、びっくりしたが、岡田真澄の遺作となったこの映画、この路線での活躍が期待されそうだっただけに残念。合掌。

○『バルトの学園』
松ケンがすきではないが、ガンツは好き。小中学校で授業の一環として観賞してもよさそうな映画ではあった。なんとなくリアリティがなく、お芝居っぽい。会津藩が追いやられた極寒の荒れ地でのシーンは、あー、そうですか…くらいにしか感じられなかった。
とはいえ、寿々花ちゃんのかわいらしい笑顔は、よかった。<何を観たのかよくわかってないのかも。。。

○『Mi:III』
トム・クルーズは、バターっぽい。深い意味はない。主旨というか、いわんとするところが、あまりにも強調されているようで観ていても「わかってるよ!」という気持ちになる。
アクションは、さすがとも思えるが、テレビシリーズのように「どうなるか、お楽しみ」的なことが少ないし、IT機器の台頭で、どれもこれもうさんくさい。だめだ…、先入観持ちすぎ。

★『ダメジン』の劇場で購入したパンフに、たまたま出ていた「Time waits for no one」というフレーズ。…これ、ストーンズの曲にもあるのよね、という記事で、思い出す。
『IT'S ONLY ROCK'N ROLL』のアルバム。LPはあるけど、そのままではMP3プレイヤーに落とせないし、変換も面倒…。どうしても、すぐに入手したくてショップに行ったら「デカジャケCD」なるものしか在庫がなかった。>こんなに大きいと他のCDと一緒にできない…。

いや、しかし。ストーンズの曲はいい。歌詞もいい。今でも、おしゃれだと思う。

Time can tear down a building
Or destroy a woman's face
Hours are like diamonds
Don't let them waste

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2006/07/01

不在票

外出から戻ると「不在票」がドアに。早速、コールセンターへ電話した。

「伝票の番号」を言うのはいい。
「宛先の名前」を言うのもいいだろう。
「電話番号」も教えた。
「ドライバー名」も言った。

しかし、「住所をお願いします」。
これには、切れてしまった。イライラしていたわけではない。

猛烈な早口で、言った。
「すみません。もう一度お願いします」(当然だろう…)

自分:なぜ、住所を言う必要があるのですか? 伝票に書いてあるでしょう。

女性:いえ、住所までは、こちらではわかりませんので。

自分:ドライバーが配達するのに、あなたが知っている必要があるのか?

女性:いえ、当社では、きちんと管理しておりますので。

自分:何を管理しているのですか? なんのために、ここで住所まで聞くのですか? どんな必要があって、ここで住所をあなたに教えなくちゃならないのか?

女性:…。

自分:個人情報保護法でいろいろ言われているのに、明確な説明もなく、利用意図もはっきりしないのに、住所を言うわけにはいきません。

とかなんとか、少しごたごたしましたが、再配達してもらえました。

荷物には、某運送会社のシールに社内向けなのか「コピー」の文言が。

「早くてもだめ! 遅くてもだめ! …」
担当のドライバーが、やたら暗~い雰囲気だったが、無理もないと思った。

否定文の文言は、マイナスイメージしかない。「だめ!」の連続では、「だめなんだ…」と思っても無理はない。しかも、毎日、このシールを見る社員は、「だめ!だめ!」と言われ続けているような気になると思う。こんな文言をコピーとして採用し、シールにするなんて、どうかしている。経営者の顔が見たい。

佐川急便、ヤマト運輸、日本通運、ではありません。念のため。

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