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2007/03/08

善き人のためのソナタ

「HGW XX/7 に捧ぐ」

ラストに示される、本扉にプリントされた文字。

抑圧され、暗く、救いのない、重苦しい雰囲気と登場する人物のわずかな心の動きを読み取らずにはいられないほどの緊張した時間の後、人の心、それもとても深いところにある琴線に触れる。魂を揺らしているのか、とさえ感じられる最後のシーン。

淡々と描かれるシーンと根底に流れる「深い哀しみ」。その哀しみが、完全に払拭されることはなく、難しい問題のまま、依然として残っていることがわかる。
それでも、「これは、わたしのための本だから」という言葉とその表情に、すべての思いを昇華させる主人公ヴィースラー(ウルリッヒ・ミューエ)の心中は、想像に難くない。おそらく観る人々にすばらしい共感を与えていることだろう。

およそ、国家とは、国民が望んでできあがるもののはずで、国民に恐怖を与えているのは、いったい何だろう、と不思議に思う。ひとにぎりの人たちが、「権力」をその手にした時、どんなに間違ったことであろうとも、追従する者たちが集団となって「力」を誇示し、「個」はあっけなく消去されていく。

劇作家とその恋人。反体制への抵抗を諦めない人たち。彼らの言動を追いながらも、体制側として盗聴を続けていた主人公の気持ちが、なぜ変化していったのか、それをよく考えてみる必要があるだろう。

真に、心ある「善き人」であるならば、いつかは、本来の自分の思いに気づかずにはいられない。音楽が、そのきっかけになることも十分にあり得るだろうし、純粋な思いを持つ人々の言葉や行動に触れることでも、「個」を取り戻すことができるだろう。

「体制」とは何だろう。「主義」というのは、人間をこれほどまでに追いつめ、裏切らせ、縛り付けるものなのか。腐敗しない権力はないのに。自然がどんなに過酷であろうとも、これほど陰湿ではない。人間を究極まで悩ませ、苦しめるのは人間なのだろうか?

「良心」は、あまりに無防備な、ともすれば陽炎のように消える、微かな、けれど必ず蘇る希望のよう。愚行を繰り返す人間の歴史においても、ざっくりとついた深い傷跡をひっそりと覆うオブラートのようだ。

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

■ジョバンニさんへ

ありがとうございます。
この映画は、長く心に残る映画のひとつです。
勧めてくださったお友達の方も、良質の映画を見極める眼をお持ちの方なのでしょう。

稚拙な文章ですし、最近、やや更新が滞ることもありますが、どうぞご訪問ください。ジョバンニさんが、良いと思った映画も、ぜひご紹介ください。よろしくお願いします。

投稿: あかん隊 | 2008/02/16 23:51

過分ではないですよ!あかん隊さんのレビューを読むことで、この映画を深く想い、より好きになれたのは個人的な事実です。
他のレビューも読ませていただきましたが、切り口にすごく好感をもてました。(辛口含む)
映画を観る際の参考にさせていただきたく存じます。
『善き人のためのソナタ』は友人からの勧めでDVDを手にしました。本当にこの映画に巡り逢えて良かった☆

ブログは残念ながらやっておりません。
ちょくちょく覗きに来ますので、またよろしくお願いします。

投稿: ジョバンニ | 2008/02/16 04:05

■ジョバンニさんへ

コメントをありがとうございます。
過分なお言葉を頂戴しております。恐悦です。
最近、テレビで放映されたとか?

ジョバンニさん、ブログをお持ちでしたら、リンク先をどうぞお願いします。TB受付、再開しておきますので。
(一時、スパムが多くて止めていました)

投稿: あかん隊 | 2008/02/16 03:16

『善き人のためのソナタ』で検索をし、このページにたどり着きました。
激しく心揺さぶられたにも関わらず、それを言葉にできない自分がもどかしかった。
このレビューを読ませていただき、つかえていた塊がきれいに消化されました。
素晴らしい映画、素晴らしいレビューです。
表現が秀逸です。とくに最後のセンテンス『「良心」は、あまりに無防備な、ともすれば陽炎のように消える、微かな、けれど必ず蘇る希望のよう。愚行を繰り返す人間の歴史においても、ざっくりとついた深い傷跡をひっそりと覆うオブラートのようだ。』
このレビューを読むことで、この映画の良さをなお一層理解できたことを嬉しく思います。
ありがとうございました。

投稿: ジョバンニ | 2008/02/16 01:33

■たいむさんへ
それまでの彼(ヴィースラー)は、「体制」の中の one of them だったのでしょう。組織の中の一員として、「個」よりも「集団の中のひとり」だったのだと思います。それが、如何に不自然なことだったのか、彼が、本を持ち去ったり、ピアノに聴き入ったりしたこと、娼婦を呼んだことも、無理矢理消されていた「個」を取り戻すための自然な成り行き、そう思います。なぜなら、彼が盗聴し、見張っていたのは、自然な「個」としての存在を持つ人々だったから。
不自然なことは、いずれ崩壊するという意味も、この映画からは受け取れます。壁の崩壊のように。

投稿: あかん隊 | 2007/05/11 00:33

彼が取り戻したのは「個」だったのですね。
あーなんだか納得です。
しかし、彼はいつどこで「個」をなくしてしまったのでしょうね?最初の彼は仮面の男だったのでしょうか?
タイトルを聞いて興味を持った本を持ち去ったこと、「ピアノ」に聴き入ったこと、娼婦を呼んだのも全部好奇心から?・・・と茶化したらイカンかw
でもー、近からず遠からじ、って気がしちゃいました。

投稿: たいむ | 2007/05/11 00:00

■カオリさんへ
関東も暑くなってきてますから、体調には十分注意してくださいね。
ドイツ映画らしい、重厚さの中にも人の心の動きがきちんと描かれていてとても良い映画でした。なんといっても、あのラストは、それまでの悲劇を払拭するだけの力がありましたね。

投稿: あかん隊 | 2007/05/09 01:38

■sannkeneko さんへ
コメントありがとうございます。すみません。気づくのが、すっかり遅くなってしまいました。ごめんなさい。
クリスタは、本当に気の毒でした。傷ついても、生きていることには意味があるはず…。そう思うしかありませんでしたね。

投稿: あかん隊 | 2007/05/09 00:54

こんにちは!いろいろコメントありがとうございました。
やっとこの作品の記事をUPできました(汗)

あのラストシーンはやられましたね・・・
この監督(脚本)、まだ若くてこれがデヴュー作だそうですが、凄いです。

投稿: カオリ | 2007/05/08 14:11

こちらにもお邪魔します。

クリスタの立場で見てしまった部分があったので
追い詰められていく彼女がとにかく悲しくてやりきれなくて。

あのラスト、ヴィースラーの表情が印象的でした。


投稿: sannkeneko | 2007/03/25 21:34

■とらねこさんへ
TBとコメント、ありがとうございます。
『グッバイ・レーニン』機会をみつけて、観てみたいと思います。

投稿: あかん隊 | 2007/03/10 14:46

こんばんは、あかん隊さん☆
>心ある「善き人」であるならば、いつかは、本来の自分の思いに気づかずにはいられない。音楽が、そのきっかけになることも十分にあり得るだろうし、純粋な思いを持つ人々の言葉や行動に触れることでも、「個」を取り戻すことができるだろう

旧体制から自由思想へ・・・おそらく私達の想像する以上に、それらが本当に根付くには、時間もかかり、色々な意味で変化が必要とされるのでしょうが・・。
人間本来の良心というものを信じなければ、何を信じて良いのか分かりませんよね。

PS。私も『グッバイ!レーニン』結構良かったです。

投稿: とらねこ | 2007/03/09 01:10

■悠さんへ
悠さんからのTBは入りますね。うーん。おかしいな。
新聞もテレビも、マスメディアは、ことごとく…。ネットでは、清濁併せのむってところでしょうから、選別するのは、とても難しいです。
「グッバイ・レーニン」タイトルだけ、記憶にあるような。未見です。機会があれば、確認したいと思います。

投稿: あかん隊 | 2007/03/09 00:05

>腐敗しない権力
あかるみにでたとき、大丈夫だろうか?ってことを考えさす、情報が開示されることだけが、権力の腐敗させない方法だとおもうのですけどね。新聞もあてになりそうにないし、後はネットだけですかね^^;。元fighting child on roadは、そう思います。
(英語の部分は、さらっと、読んでね、意味なし)。
ドイツのこの種の映画では、「グッドバイ・レーニン」もよかったです。

投稿: 悠 | 2007/03/08 23:44

■カヌさんへ
そうですね! あのラストのための映画でした。
4年の月日をかけて、リサーチしたりインタビューしたりしていたとか。リアリティに富んでいたと思います。33歳の監督の映画とは思えない重厚さ、圧巻でした。丁寧に作られていて感心します。
今の日本にいる限り、監視されたり、抑圧されているという意識はあまりないのですが、現在でも似たような状況は、案外どこの国にもあるような気がします。

投稿: あかん隊 | 2007/03/08 23:10

こんばんは!
あのラストのために2時間以上見てきたかいがあるな
という映画でしたよね。
あの時代の東ドイツにいないと本当の意味では感じられない
ところもあるんだろうけど、観れてよかったと思います。

投稿: カヌ | 2007/03/08 22:54

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