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2007/06/25

殯の森

20070624001「感じる」映画を久しぶりに観た。

静かなこと。
それが、実はものすごく「強烈」なことなのだと気づく。

弱くて、小さな存在ともいえる、一人ひとりの人間の、
なんという「重さ」。

「関係」ではなく、「繋がり」。
「愛情」でなく、「愛」でもなく、そういった言葉を超えた、
根本的な繋がり。

自然が見せる表情に感覚が揺さぶられる。
草を揺らして吹き渡る風に、木立の間を抜ける陽射しに、
木々の影に、枯れた巨木の存在に。

老人たちの放つ言葉に揺さぶられる。

ドラマチックな話ではなく、リアリティ、というのも違う。
幻想、というのとも違う。

ここに描かれていること、示されるメッセージは、やはり、この映画の持つ印象と同じように、
「静かだけれど、強烈」なものなのだ。そして、根元的な、恒久的な意味合いを持つ。

「こうしなきゃならん、ということはないから」
グループホームの介護主任の女性が何度か語るこの言葉に、救われる思いになる人は、きっと多いはず。

唯一、激しい叫びが起こるシーンがある。
そのとき感じた感覚は、いかんとも言い難い。
その叫びは、ありとあらゆる生命のあるものに対しての、魂からの叫びであると、私の魂が呼応している、とさえ思えた瞬間でもあったのだ。

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

■カオリさんへ
ともすると、いい加減怠くなるような森の中の二人の道程。そこへ、あのインパクト。鉄砲水の映像と合わせて、強烈に記憶されました。介護問題、老人問題…そういうくくりで観て欲しくない、と思いますね。

投稿: あかん隊 | 2007/07/16 03:09

こんにちは。強烈な「叫び」以降、真千子の何かが吹っ切れたような気がしますね。
短い時間の中にギュッと凝縮された、濃密な生を感じました。

投稿: カオリ | 2007/07/14 15:13

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