2004/11/06

マハトマ・ガンディー

ガンディーが火葬された記念公園(ラージ・ガート Raj Ghat)に行きました。
そこには、ガンディーのお骨はないのだけれど、整備された芝生の庭園に、黒大理石が火葬の行われた場所に置かれています。ガンディーの最後言葉「ヘ・ラーム」(He Ram)(おお!神よ!)が刻まれています。

募金箱があって、集まったお金は、カースト制度の最下層(ハリジャン)で差別されてきた人たちのために使われるそうです。

ここの入口には、お花(お花だけきりとって集めたもの)を売っていて、それを石の上に飾ります。小さなお花のお山みたいな、そんな感じに供えていました。黒い石の上に、ピンクや黄色や…いろとりどりのお花のデコレーション。

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その記念石の脇に、この木がありました。静かな音楽が、流れていて癒される空間でした。
ガイドさんも、その曲を口ずさんでいました。きっと有名な曲なのでしょうね。

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インドの人たち

サリーのカラフルさには、本当に感激でした。
女性は、みんなおしゃれです。さすがにネイルアートは、見ませんでしたが、持ち込んだら、ブームになるのじゃないかしら?

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タージ・マハルで出会った親子です。インド国内からも観光客が、たくさん来ていました。子どもたちは、みんな無邪気でかわいいです。

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ちゃんと記念撮影する席もあるんです。国内からのグループが撮影していました。

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こちらは、ドライブインの土産物のショーウインドウです。

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おみやげといえば、大理石とか宝石とかインド更紗、紅茶やお香などのお店にいろいろ行きました。
日本円でもOKのところがあるのですが、大きなお店だからでしょうね。
だけど、そういうお店ではあまり値引きしてくれないようでした。

大理石のおおきな机やガーデン用のセットなんて、もって帰れないよ、というと
「配送します!」と即座に答えるので、参ってしまいました。
日本はせまい国だし、私たちはそんなお金持ちじゃないんだよ~って。

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中学生くらいかな? 集団できていました。初々しい感じでした。

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2004/11/04

神様

インドでのシェア(といっていいのか?)ナンバーワンの宗教は、ヒンズー(ヒンドゥー)教です。でも、私は、その内容をほとんど知りません。

ただ、シバ神とかクリシュナ(?)とかいう名前を知っていました。(どこで聞いたのかな?)

多分、これが「シバ神」だと思います。

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いろんなヴァージョンがあるようでした。

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アグラへ

ジャンタル・マンタル(天文台)も見学しましたが、カメラは持ち込みませんでした。
ジャイプールの町を造ったジャイ・lスィン2世は、天文学にも相当詳しかったそうで、
1728年に大規模な、日時計や天文観測儀をここに構築しました。
280年たった現在でも使用されているそうで、小さいタイプ(といっても、小建築のようなオブジェの印象)でも、20秒単位で、一番大きな観測儀(かなり大きな滑り台みたいな建物のよう)は、なんと2秒単位で時間を計測できるそうです。
それもこれも、石で造られた「儀」なのです!

「風の宮殿」(Hama Mahal)の写真です。
宮殿の中には入らず、外観を写真に収めただけでした。

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とにかく、交通量の多いメインストリートのような道に面した建物で、
入口の脇には、おみやげ品をところせましと陳列しているお店がずらりと並んでいます。
ここでちょっとだけお買い物をして、次の目的地アグラへ向かいました。

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ジャイプールから260kmほどの道程で、アグラに到着です。

ジャイプールは、ラジャスタン州ですが、アグラは、ウッタル・プラデーシュ州。
インドの人も、アグラのあるこの州の名前が長くて面倒なのか、
「UP州」みたいな言い方をするということでした。

州境に、熊をつれた怖そうな人がいて、ガイドさんは「とても危険なので、写真もとらないで!」と。
インドで熊、とはミスマッチだな~とか思いつつ、目を合わせないように小さくなってしまいました。

アグラでは、アグラ城を見学します。ここで登場するのが「象のタクシー」と言われる象さんの乗り物です。
アグラ城は、高台にあり、そこまで約10分ほど、象の背中で揺られます。

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アグラの町自体が、城壁で囲まれているのですが、その中心がこのアグラ城です。
タージ・マハルを造ったマハラジャが、ここで暮らしていました。

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タージ・マハルを遠く望む城の一室で、自分のお墓をタージ・マハルの対岸(ヤムナー川を挟んで)に黒大理石で造りたいと思っていたそうですが、タージ・マハル建設で莫大な費用を捻出した国は、しっかり傾いていたこともあり、実の息子に政権を奪われ、その一室に幽閉されて生涯を終えます。

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政権を奪った息子は、3人兄弟でしたが、傾いた国家を再建するには、自分が王になるしかない、と思い詰めた彼は、王になるため、他の兄弟を殺害したというのですから、倫理観というのも時代によるものなのかもしれません。

こちらは、一部彩色を復元した城内部の壁です。どんなに美しかったことでしょう。

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時の流れというものは、良い意味でも、悪い意味でも抗いがたいものなのだと感じさせられました。

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2004/10/18

ジャイプール

ジャイプールは、1728年にカチワーハ家(ラージブートの一氏族)の王様、ジャイ・スィン2世が造った街で、その名を取って「ジャイプール」と呼ばれています。

「~プール」というのは、ヒンズー系の王様によって、造られた街の名前で、「~バード」というのは、イスラム系の王様によって造られた街の名前…って、ガイドさんが説明していたような気がします。(間違っていたらすみません。ビマルさんに、あとで確認させてもらおうと思います)(ビデオもあるので、(60分テープ2本もあるので、確認だけでもへこたれそう)その録画のどこかに解説の音声があったはず…)

ジャイプールの街は、7つの門を持つ城壁の中の街です。街並みは、赤っぽい色の建物で統一されています。ピンク色だというので、ピンク・シティともいうそうです。少なくとも私の目には、建物の色が「ピンク」とは思えませんでしたが、昔はもっとピンクぽかったのかしら?

街の中心にある「シティ・パレス」は、トンネルになっている門をくぐって、広い中庭に抜けます。門の続きになっている城壁に続く建物には、時計台のような塔がついていて…。

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ちなみに、この「シティ・パレス」には、王様の子孫(つまり、本物のマハラジャ)が現在も住んでいます。私たちが訪れていた時に、ご帰宅になったらしく、リムジンならぬRV車(スモークガラスだったので中は見えず)で、お供をつれて、さーっと通りすぎました。

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思わず「千と千尋の神隠し」で千尋親子が通り過ぎる、あの不思議な門(トンネル)のイメージにとても近いと、感じてしまいました。広場の先の尖塔に旗がゆれている建物は、あのアニメでの「湯屋」に近い感じです。もっとも、千尋が白龍に守られてわたった橋は、ありませんでしたけど。

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こちらの壺は、1902年、イギリスのエドワード7世の戴冠式に出席したマハラジャが、ガンガー(ガンジス川)の水をイギリスまで船で運んで沐浴したということです。これが2つありましたよ。
ギネスにも載っている世界で一番大きな銀製品だとか。
(比べるものが近くになくて、サイズわかりにくいですよね、すみません。何リットル入るって言ってたかな?>すみません。メモすべきでした。)

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リスくん

リスくんが、確認できないということなので…。これで見えるでしょうか?

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こちらも、りすくんです。動きが素早いので、やっぱりタイミングが…。>下手なだけかも…。

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2004/10/17

デリーからジャイプールへ

記憶が、やや前後しているようで、記事もいったりきたりしています。ごめんなさい。

DELHI の夜には、民族舞踊を観賞しました。動きが激しく、とても早いので、自動にしていたシャッターではスピードが合いませんでした。手ぶれではないのですが…。
コスチュームからメイクから、とてもエキゾチックです。演じている人々は、芸達者という感じで、小刻みにステップを踏み、くるくるとものすごいスピードで回転します。演奏される音楽も、古式ゆかしいものらしいのですが、残念ながらさっぱり意味がわかりません。それでも、女性の歌声の高いこと、高いこと!その高さと澄み切った音色には関心して、聞き入っていました。裏声でもああいった声は、めったにないように思います。

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こちらは、カレーの食卓です。緑色のは、ほうれん草のカレーだったかな?

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さて、デリーからジャイプールへの道中は、ただひたすら国道を行く! という感じでした。
周りの風景は、畑がおおかったように思います。地平線はみえませんでした。
地図を見ると、この辺りは、サスリカ動物保護区と書いてあります。
途中にある小さな村や町では、猪がいました。最初、豚? と思いましたが、まさか…ですよね。

JAIPUR という都市は、首都DELHI から280km南西方向に位置します。
州は、RAJASTHAN (ラジャスターン)になります。

DELHI 市内でもそうでしたが、中央分離帯で牛が昼寝をしていたり、反対側から歩いてきたり、横切ったり…。
シャッターチャンスがなくて、写真には収められませんでしたが、道ばたに何気なく牛さんがいます。
日本でよく見る「ホルスタイン」ではなさそうで、真っ白な牛さんが多かったように思います。

国道では、山羊さんの群れや羊さんの群れが横切りました。もちろん、車は停止します。
放牧している人々は、なぜか日本でいう「ビーチサンダル」みたいな履き物を履いているのです。
裸足の人は、たいてい極貧の人々でした。そういう人たちですら、大人は、ビーチサンダルだったと思います。

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車は、だいたい時速(?)70kmくらいで走行していました。舗装が良くてあまり揺れません。
ただ、ディーゼルの音と軽油の臭いで、いささかぼ~っとしていたかもしれません。

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途中で昼食を摂ったレストランは、昔小さな宮殿だった建物のようでした。

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メインダイニングの壁には、ガネーシャ像。欧米の観光客もいました。時折、インドの民族楽器を鳴らしながら、客席の間を歩くスタッフがいます。ここでは、中庭でインドの占い師(まったく怪しい感じでした)が、手相を見てくれます。ツアーに含まれたものでしたが、しっかり「あなたは、インドの宝石スタールビーを身につけるといい」という具合に商売!商売!(写真右が、占い師のS.S.TRIPATHI さん)

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手相を見るためのルーペ(虫眼鏡)が、プラスチックだったうえに、めちゃくちゃ傷ついていたので、これでいいのか? 商売道具くらい、もう少しいいのを使えばいいのにと思ったのはいうまでもありません。

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レストランの中庭をうろうろしていた老人。よくわかりません。

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レストランの壁にあった、ガネーシャ神の像。となりは、日本でも見かける「布袋さま」みたいでしたが…。

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MR. SHARMA

日本語の話せるインド人ガイドさんは、Mr. BIMAL SHARMA (ビマル・シャルマさん)という方でした。
敬けんなヒンズー教徒のビマルさん。ご自宅にお邪魔した時も、シバ神(?)を祭っている祭壇(日本でいえば神棚?)が、リビングにあり、玄関先にもシバ神の息子であるガネーシャ神(幸運をもたらすといいます)が、祭られていました。

彼は、控えめで、落ち着いた印象の方でしたが、なかなか茶目っ気もあったように思います。

日本語は、大使館で習ったということでした。十分に会話ができます。なぜか「ぼったくり」という言葉もご存じだったのには、びっくりするやらおかしいやら…。

ホテルでのチェックインも彼がすべて処理してくれて、私たちが部屋に入るとフロントから電話をくれます。
私たちが落ち着いたのを確認して、彼は帰宅したようでした。

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写真は、シャルマ家のご家族。下の写真が、奥様のSUSHAMA さんと次男のVIPIN さん(18歳)。
ビマルさんと一緒の彼がご長男のNITIN さん(20歳、デリー大学で経済とITを勉強中とか)。

こちらのお宅で、ごちそうになった夕食は、一番テイスティでした。
特にインドのお米で作ったグリンピースライス(お豆ご飯)は、とてもおいしくいただきました。

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2004/10/16

DELHI VIEW 3

到着の翌日、デリーで、最初に訪問した部長さん(インドの旅行会社)のお宅で、本場のカレーの作り方を、若い奥様に直接教えてもらいました。(写真は、奥様とお嬢さん)
この部長さんのお宅には、「片岡鶴太郎」と部長さんのツーショットのパネルがあって、ちょっと驚きました。
4年前に鶴太郎さんが、この会社のツアーでインドを訪問したとのことでした。

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インド門は、第一次大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑です。凱旋門のような雰囲気ですね。インドは、戦後の独立を条件にイギリスに協力して参戦したのですが、大きな犠牲にもかかわらず、独立は実現しませんでした。壁面には、1万3500人の名前が刻まれているそうです。

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車を止めて、写真撮影しただけだったので、近くで確認することはできませんでした。
ここでも、物売りの人たちが集ってきたので、慌てて車に乗り込むような具合でした。(汗)

この辺りは、デリーの中心地(コンノート・プレイス=放射状に構築されている)からも近く、官庁街、大統領官邸、国会議事堂も視界に入ってきます。(写真の遠景に見えます)


柵の向こうは、「クトゥブ・ミナール」です。奴隷王朝のスルタン、クトゥブウッディーン・アイバクがヒンズー教徒に勝利した記念に建てたといいます。(と解説されても、よくわからないのですが>すみません。ヒンズー教徒の歴史は、イスラム系との抗戦の歴史だったのだな~と思いました)

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陸続きの国境を持つ国々の苦難の道のりは、どの国でも歴史に深く刻まれているのですね。
日本は、島国なので国境を持つ危機感というものには、ずいぶん長い間、疎かったように感じています。

翌朝、ジャイプールへの移動のため、早朝にホテルを出発しました。
市内のお店は、朝のためまだクローズしているところが多かったです。
こうした極一般的なお店は、どこのお店も間口が狭く、店内は、てんこ盛りのように細かい品物が陳列されていました。

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ジャイプールへは、車で移動です。約6時間かかる、と聞いていましたが、
片道280kmと聞いて、ひぇ~! 東京からなら福島くらいまであるではないか!
しかも、高速など及びもつかない道路事情。とはいえ、主要幹線道路は、舗装されていましたけれど。

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DELHI VIEW 2

フマユーン廟の庭は、緑であふれていました。めずらしい「ガジュマル」の樹で、野生のリスがちょろちょろと駆け回っていました。

日本で見ることのあるリスよりも、毛の色合いが薄いような気がします。

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下の写真、中央部分にリスくんがいるのですが、見えるでしょうか?

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